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我々人間は、何のために生きているのか。

桑原広徳

2021年12月29日

生き方に迷ったら

本日は「生きる目的」についてのお話。



「我々は何のために生きるのか」


そんな話を、社会人になる前後から考えるようになりました。


そして、ここ最近、私が引き寄せているのかわかりませんが、悩みを抱える方の相談が増えてきました。


コロナの影響も少なからずあり、外部環境の変化に、皆が必死にもがいている気がします。


そこで、私も今までの少ない人生経験から、生きる理由、目的について学んできたことや、先人たちの言葉を借りながら、お話することもあります。


たとえば、JALの再建、KDDIの創業者で経営の神様と呼ばれる、稲盛和夫さんの言葉によれば、
「生まれたときよりも、心を高めるため」に生きるのだともいわれます。


仕事においても、心を高めることが仕事の結果にも繋がり、世のため人のために尽くしていくことにもなる。そうして、また心も高まっていく・・・。


そんな、哲学的な意味を自分の命、人生に乗せて生きていくことも良いかと思います。


一方、逆のような考え方もあります。


「そもそも、人間には、生きる目的などない」
「人生はただの暇つぶしだ」


そんな考え方もあります。


長い地球の、宇宙の歴史の中で、人間だけがここまで思考し、悩み、生きる目的など考えていますが、他の生物と同じように考えれば、
「何のために生きるのかなど考える必要もないのだ」と。


私自身、仕事漬けだった20代は、先に述べた「心を高めるため」に生きるのだ、働くのだと考えていました。


もちろん、今でも私の労働観の根幹には、深く根付いています。


その考え方があるからこそ、起業した今でも、ココ一番で踏ん張れています。


とはいえ、こんな綺麗事を書けるほど、自分の人間性や考え方には全く自信も持っていませんし、心底反吐が出ることばかりです。


それでも、役割として、まだまだ自分ができていなくても、そんな自分を認めた上で、どこかの誰かに発信することが役目だとも言い聞かせながら生きています。


しかし、そんな高尚な考え方と同時に、後に述べた
「人生は暇つぶしに過ぎない」という考え方も好きなのです。


表面的に耳にするとネガティブな言葉にも思えますが、捉え方次第では、とても前向きに、人生をラクにしてくれる言葉でもあると感じています。


我々は、日々、膨大な情報のシャワーを浴び、膨大なストレスやプレッシャーの中に生きています。


もう、しんどくなります。
消えたくなりますよね。
私に相談に来られる方の気持ちも、痛いほど分かるのです。


でも、そんな時に、
「人生は暇つぶしだ」という言葉は、とても心を軽くしてくれます。

あなたは、よく頑張っている。
えらいえらい。
本当に、そう思うのです。

だって、そもそも暇つぶしにしか過ぎない人生を、一生懸命に生きているのだから。
あなたの会社の厳しい上司はガミガミ言ってくるかもしれませんが、私は認めます。
あなたはよく、頑張っている、と。


私自身、きつい時にはこの「暇つぶし」という言葉に、少し救われています。


「あ、そうなんだ、暇つぶしなんだ、遊びなんだ、ゲームなんだ、気負わなくていいんだ、むしろ、頑張った分だけプラスなんだ」


私は、そう思えるようになったことで、劇的に、前向きになれています。


この言葉が自分に浸透すると、目の前に迫る様々な重圧が、とたんに滑稽に見え始め、そんなものに押しつぶされそうになっていた自分に対して可笑しくなって、吹き出しそうになったりします。


現在、33歳ですが、今の私が限りなく良い状態で生きていられるのは、基本的には「人間には生きる意味も、理由も、目的もない」し、「そもそもが暇つぶしをしているだけ」で、「消化試合をこなしている」に過ぎない。
だからこそ、「がんばった分だけ、人よりも楽しんだ分だけ、全てがプラスアルファの出来事になるんだ」と、前向きに解釈するようにしています。


これは、日常から有意識で胸に秘めながら生きていくと、いつの間にか潜在意識に浸透してくる感覚になります。(私の場合ですが)


今、ちょっと悩んでいる、モヤモヤしている方は、少しだけでも生きるスタンスの参考になれば嬉しいなと思います。


大変な時期ではありますが、一緒に乗り越えましょう。
話し相手が欲しくなったら、ご連絡ください。


一緒に、暇をつぶしましょう。

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